はひふへほ

ほだされて40年

褒められるのを嫌がっていたら人を褒められなくなっていた

人生で初めてふぁんれたあなるものを書いています。詳細は前回参照。

 

これまで何かに対する「好き」を書いたことは腐るほどありましたし、それをネットに公開したことも(この垢の前も含めると)それなりにやってきたので、まぁこういうの書くのも似たようなことをすればいいだろうと思って、高を括っていたんですよね。

 

その一方で、私は人に褒められるのを極端に嫌がる人間であって。昔いろいろあって、本当にいろいろあって、だれかにに褒められる=だれかは私を上手いこと使おうとしている、みたいな式が自分の中にできてしまっているんですよね。

 

で、ふぁんれたあってのは、要は人を褒める文章な訳じゃないですか。これが分かった途端に、ふぁんれたあ、書くのがつらくってつらくってたまらなくなってしまったんですよ。理由はすこぶる単純で、これまで褒められること自体を嫌っていたから、嬉しい褒められ方ってのが自分の中に一切ないんですよ。だから、書いている文章の何が正解なのか全く分からなくてですね。たぶん、カテゴリとしてはレビューもふぁんれたあもほとんど変わらないんでしょうけど、自分としてはかなり苦しくって。

 

何をすることが褒めるなのか?人は何を読んだ時何が嬉しいのか?何がその人を支える言葉になるのか?自分はそれを受け取って来ませんでしたし、自分から拒んでいるところがありましたから、本当に全然分からないんですよね。

  

あと、レビューとか書いているときは、読んだ先に本人がいることを一切想定せずに書いているんですよねいつも。だから、わりと言葉を選ばずに好き勝手書けるんですけど(これも本当に良いとは言えない気がしますけど)、ふぁんれたあとなるとそうはいかない訳で。だって、本人が読むかもしれない訳でしょう?まぁ、だいたい読まれないんでしょうけど、一応そういう体裁があるわけで。その人が読んだ時に失礼がなくて、どんな想いになるのかを考えないといけないわけですよね。

 

ほんと、難しい。褒めるの、難しい。まぁ、サンプルがない状態で正解しろって言ったってできるわけないのは当たり前なんですけど。

 

というか、今までこんな事をしたことがない私も私のような気がしています。もっと人のこと考えないといけないし、もっと人とカジュアルに褒めあう事をしないといけないと思い始めた、そんな木曜夜です。

 

 

 

 

なんなんだろうこの記事。まぁブログなんで、時々こういうの書きます。ちなみに、ふぁんれたあは一応書きました。怪文書っぽいですけど、もう出すって決めたので出します。迷惑じゃなきゃいいんだけど……普段のブログよりは全然短いので、長さ的には大丈夫だと思うんだけど……ううん、不安だ。不安だぞ。