はひふへほ

ゲーム,雑記,美味い飯.時々アイマス.

PandasのDataFrameで読み込んだ配列が文字列になっちゃったとき

技術ブログ潰したのでこっちに書いていく。

やっていたこと

  • PandasでCSVを読み込んでDataFrameを作る
  • CSVの要素のうち、配列が要素として含まれている
  • これをそのままpandas.read_csv()すると、配列は文字列として解釈される。当然このまま処理するといろいろ思ったとおりに動かなくてコケる。

対処法

  • それぞれの要素に対して処理するapply()関数で、eval()して配列として認識させて、それをそのまま代入するだけ
df["a"] = df["a"].apply(lambda x: eval(x))

え、仕事って鼻からスパゲティ食べるようなもんじゃないんですか?

極力黒いところを出さないように仕事の話をします。

だいたいタイトルに描いたような話なのですが、N年仕事というやつをやった結果判明したのは仕事ってどんなに良くても鼻からスパゲティ食べるようなもんじゃない?ってことです。

わりとみんながやりたい業界にいるという意味で、スパゲティを食べることはできているのですが、別にスパゲティを食べられると言っても、実際に仕事としてやってみたら実はそれが鼻から食べるもんでした、みたいなことは往々にしてあります。おそらくインターネットの皆様はわかるところだと思います。そうだろう。そうだと言ってくれ。

食べたいものを常に口から食べられるとは限らないんだよなぁ。そしてむしろ鼻から食べる方が回数としては多いんだよなぁ。

しかも食べるスパゲティもいろいろ種類があります。やりたくなくてもやれたりむしろ楽しかったり的な意味で、香り高くてむしろ鼻から行くほうが正解なんじゃないか思えるジェノベーゼみたい仕事もあるし、逆に油と唐辛子で死にそうになるペペロンチーノみたいな、死、みたいな仕事もあると思います。まぁ、やってみないとわからないみたいな仕事もあります。ホタテのレモンクリーム……どうなんだろう、みたいな。

で、上司からおまえペペロンチーノな、今日中、みたいなことを言われないかなぁって毎日ビクビクしながらやっているのが仕事なんだろう、って思っています。

 

上記の比喩表現なんかいろいろ思う所あると思いますが、とりあえず言いたいことは、基本「つらい」ってことです。口から食べられる瞬間がない≒楽しい瞬間がないとは言わないが、だいたいいつもみんな鼻からスパゲティ食べているでしょう。で、アホかこんなもんって思いつつも、まぁ、お金もらえるからまぁやるしかないか、みたいな気持ちでやってるんだと思います。

ただ、なんか時々鼻からスパゲティ食べることを楽しいみたいに思っちゃうやばい人たちがいて、そういう人たちが近くにいると精神が終わります。なんでこんなに楽しいことやらないんだ、みたいに言われた瞬間に本当に「はぁ」という気持ちになってそういう顔をしてしまいました。

新卒研修とかで「スパゲティはとても美味しい、みんなも食べて体を大きくしよう!」みたいなことを言う人はたくさんいましたが、その人達は誰一人「鼻から食べるんだよ」という人はいないんですよ。で、目をキラキラさせて配属したら「鼻から食べるんですか?」みたいな。しかも「え、毎日五皿?」みたいな。え、スパゲティできるの明後日なんですか?今日までにもらえるって言ってたじゃないですか?みたいな。え、乾麺のまま?これどうするんですか?僕が茹でて食べるところまでやらないといけないの?マジ?レシピあるからできるでしょ、じゃないっすよ、いいんすかそれで。終わったら言え?わかりました。やってみます。

(5時間後)

できました。あ、試食お願いします。

(1時間後)

あの、試食……。

(3時間後)

試食お願いしてもいいですか?

(2時間後)

あ、ありがとうございます。どうですかね。これで大丈夫ですか?え、ブラックペッパーふらなきゃ駄目?でもレシピには書いていませんでしたよ?あ、今はそうなんですね。ありがとうございます。

え、冷めてちゃだめじゃんって、だって作り終わったタイミングで連絡しましたよね。なんで今、え、あ、はい、すみません。以後、気をつけます……。

みたいな感じですよね。そうじゃないんですか?だいたいどんな職場もそんなもんなんだろうって思います。で、土日もスパゲティ食べる練習はやめるなよとか平然と言ってくるんですよ。お前そんなこと言うけど付け合せ食べる仕事死ぬほど溜まっているのにどうやって土日に練習するんだよいいからさっさとスパゲティ捨てさせろ。仕事のために生きてんじゃねーんだぞ黙れ。鼻からスパゲティ食べさせてやろうか。

あ、あなたはそれが楽しいんですか。もう関わらないでほしい……。

 

みたいな感じですよね仕事って。

 

 

現場からは以上です。なんだこれ。

 

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あのワニについて

 メモ程度に、書くだけ書いておくってやつです。酒のんで書いているのでいろいろお察しです。

と言っても、ワニが死ぬ2週間ぐらい前につぶやいた上記ツイートがだいたい全て。ワニについて言及している人がだいたい全部ワニに死んでほしい、死ぬのを待つ行為が楽しいって遠回しにTwitterでつぶやいていたのがすげーキツかったです。あぁ、意外とみんな誰かに死んでほしいんだな、普通の人にそんなこと考えられないけど、キャラだったら死んでもいいって思ってるんだなって、怖くなっていました。で、いざ死んだらグッズが出るわ書籍になるわの商品展開で更に怖くなりました。

 商業的にワニに死んでもらって価値が出るってのは、そういう類のコンテンツとして作ってるんだから100歩譲れるところだと思います。が、その価値が出る過程とか、死そのものを丁寧に扱うべきとか、売る側からそういうのが全く見えないのはドン引きでした。逆にどういう発想をすればそういう事ができるんだって、すげー不思議でした。裏に宇宙人かなんかがいるんじゃないですか?人間が考える内容じゃないでしょう。まじで売れないでほしい。これが売れる世界つらすぎる。売れてほしいものについて、これが売れる世界であってくれって思うことはたくさんあったけど、逆は今回が初めて。ひたすらに売れないでほしい。もっと登場人物に誠実である人が、何かの死に対して丁寧に接することができる人がつくるものが売れてほしい。そう思いました。

マルコと銀河竜を買ってくれ頼む

 


【OPムービー】マルコと銀河竜 / MARCO AND THE GALAXY DRAGON

 

 

人生で初めて自分からノベルゲームというものを買って遊んだ人間ですので、その、他と比較してどうだとか、そういう偉そうなことなんにも言えないんだけど、でもこの一本を遊んで、途中お話の展開に首かしげたり腹抱えて笑ったりしたあとに、最後の最後でアホみたいに泣きまくって顔中ぐちゃぐちゃにしちゃったこのゲームのことを最高だと言わないわけにはいかんのです。

 

まず、体感が本当に新鮮。このタイトル、悪い言い方だと知りつつ言うけど、ちょっと気が狂っているのではないかと思うほどのCG量(公式曰く1000枚超えらしい)のノベルゲーなのですが、まぁこうも場面が切り替わりまくるとこんなにもテンポってよくなるのか、と思うぐらいにテンポが早い。多分同じ時間ノベルゲやるよりも圧倒的に進みが早いんじゃないかと思う。

イメージとしては、小説の地の文を絵にしてひたすらぶん殴っている感じ。いやそれアニメやんって言いたくなると思うんだけど、多分ある種ただしくて、これはアニメのブルーレイボックスだって思って買うと多分しっくり来ると思う。でもアニメなのかって言われるとなんかそうとも言い難い。とにかく新しいなにかだってことは間違いないと思う。

途中で挟まれるカートゥーンのアニメシーンも新鮮で、色使いから漂うなんとなく今風な匂いといい、ぬるんぬるん動きまくる作画といい、金かかってんなぁの一言。ちょこちょこその演出はいるか?と思うシーンもあるにはあるのだが、最後が良かったせいでそれも味だよな、と洗脳されている自分がいます。

とりあえず言いたいことは、演出という観点でなんかしらの特異点っぽいなにかだと思います。とりあえず、私にとっては、見たことがない、聞いたことがない、よくわからないけど美味しいなにかって体感です。

 

シナリオに関しては発売してまだ2日なので書かないのだけれど、時間短いわりには結構詰め込まれていた気がします。タイトルの通り、主人公のマルコと、その相棒のアルコ(銀河竜)のお話なんだけど、追っていけばいくほど愛とか希望とかが重なって、そういうのがたくさん醸成されたあと、最後にそれらが全部食い尽くされて死にます。ありがとうございました。

マジでもう、正直途中「なんでそんな展開するねん」とか、お前絶対出てこなくても話成り立っとったやろとか、むしろそこをもっと描いてくれとか、そういうふうに思うことちょこちょこあったんだけど(まぁこれは好みの問題だからこれ以上言及しない)、それでも一番最後のあの白背景の流れを見てしまうともう、アホかというぐらいに泣いてしまい、「あぁ、もう、なんでこんなに最高なのだろう」と思ってしまう程度には最高でした。手のひらどんだけぐるぐるしているんだ私。

でもそうなるぐらいに良かったんです……僕は好きなのです……正直人は選ぶゲームだと思うんです。これならアニメにしろとか、ボリュームが少ないとか、シナリオの描写不足とか、そういうこと言う人絶対いると思うんです。全部わかる。わかりが深すぎる。でもそれを分かった上でも好きって言っちゃうんだよなぁ……。地味にいろんな伏線があって、それらも最低限は間違いなく回収されていて、そしてそれぞれがすごく効いてきて、そんで最後にぼろぼろになるまで泣いちゃうやつなんだ……。

中身まったくない文章で本当に申し訳ないんだけど、とりあえず書かせてくれ。ほんと好きなんだこの作品。最高に楽しかったんだよ。だから、買ってほしい。お願いだから買ってくれ。間違いなく意欲作だし、これが売れない世界に私は住んでいたくない。本当に売れてほしい。多分、そんなに面白いと思わないとしても、少なくとも作り手の魂を垣間見えることだけは確か。そのためだけでもいいから手にとってほしい。お願いだから買ってくれ。頼む。頼む。この通り。

 

私はずっと消費者

俺の中の夢見りあむがインターネットサマにかまってちゃんを発症しているので今日はそんな記事です。

 

タイトルの「消費者」は手前に「コンテンツの」が付く。コンテンツの消費者。多分私はずっとコンテンツの消費者なんだろうな、ということを思いなんとなく「やむ」して記事を書き出しています。

 

きっかけは小林銅蟲先生の以下記事。

negineesan.hatenablog.com

 

いつもどおり最高だったのだが、やはり以下が刺さった。

FANBOXが居心地よくてこっちに出てくる機会があまりない あっちは好き勝手できるし文句は言われないし金は入ってくるし、、 宗教の時代になってしまうのは正直よくわかる

肉 - パル

この話は、本当に単純な話で、記事書いてお金払われる存在になっているのが心底羨ましいなぁ、という嫉妬心が生まれた、という話です。ただ、思った一方で、このレベルまで面白かったりワクワクしたりする記事なら、そりゃ金払うのも当然だよなぁ、とも思う。実際私はいつも銅蟲先生の料理記事見てうひょーと言っている人間だったりしていて、正直この話見た瞬間にFANBOXに行って会員登録なりしようか悩んでいる。私よりお金があったり、記事が好きだったりする人は大勢いると思うので、そりゃあお金も入ってくるだろう。

 

で、その後ブコメも読むわけなのだが。

肉 - パル

人類の1/3は教祖になれる時代だと2/3側の人間は思う。

2020/02/13 15:19

b.hatena.ne.jp

これもまた真理だなぁ、と思った。多分、1/3は大なり小なりあれどお金を払われるものを作れる人、要するに、生産者、なんだと思う。そしてこれ読んだときに、自分は2/3なのだなぁ、と直感的に思った。だってこんなの書けんでしょう。いや、まぁ、書くというには違うたぐいのものなのかもしれないが、これと同程度に何らかのエンタメを作れる人間になれるかって言うと、あんまりそういう未来が見えない。

ありがたいことにインターネットに何らか書いていることはこれまでもたくさんあって、数ヶ月に一回ぐらいの頻度でそこそこの反響をいただくこともあるのだが、だとしても「お金払ってくれるほど面白いもの」を書けるかと言うと、それはだいぶ難しい話なんだろう。まぁそもそも私が書くものって何らかの感想だったりが多いので、それで金儲けを考えるのも無粋な気がするのだけれど。

そんなことを考えたときに、タイトルに戻ってくる。やっぱり私は生産者側には行けないのだろう。私は今後も消費者であるのだろう。生産することによってなんらか金銭を得られることは多分ないのだろう、と思う。ブログ書いていた期間を本当に累計するとそろそろ10年ぐらいになっていて、もちろん生産者側に憧れてはいるのだが(謎の「そろそろ……」感がある。と言って伝わるだろうか。)。逆にいうとこれだけやっていても金のかの字もないことを考えると、やっぱりずっと消費者側なんだろうな。

 

でも、今軽く読み直して思ったけど、こんな駄文でお金ほしいって思うのも強欲だと思う。もうちょっとお金払いたいなぁ、と思える何かを書けるようになりたいです。色々書いたけど、結局言いたいことは、何もせず好きなことをして他人の金で焼き肉が食べたい。チヤホヤされたい。インターネットにチヤホヤされたい。それだけ。なんだろうなこの文章。寝ます。おやすみなさい。