はひふへほ

ほだされて40年

聖地巡礼に魅力を感じない理由

はいこんばんは.

 

yatteiki.fm

 

個人的に更新を楽しみにしているPodcastであった話がだいぶ興味深かったのと,それを聞いて私が聖地巡礼に魅力を感じない理由がようやく分かったので今日はそれについて.

 

Podcastであった話は大体こんな感じ(だいたい28分ごろから.で面白いからその前からちゃんと聞いてほしい(懇願))

  •  (極論と前置きした上で)聖地巡礼は売上や人がどれだけ来たかなど,KPIを重視しがち
  • 目標KPIを達成するために聖地をテーマパーク化するのは一つの最適解である
  • しかし,そうすると途端に「キャラの体温・残り香」を感じることができなくなる(想像力がなくなってしまう)のではないか?

 

これ聞いて「は~」と電車の中で一人で納得していたんですよ.Podcastでも言われていたんですけど,キャラのパネル立てたらそこはもうパネルがある空間になっていて,パネルがないところから「このキャラがここにこう入ってきてこうしてきて」みたいなことを考える隙間は存在しなくなるって,本当にそのとおりだと思って.まぁ,聖地と言われているわけですから,完全に無の空間からキャラクターのいる有の空間を想像するわけではないんでしょうけど,それでもその距離というのでしょうか?ほとんど何も無いところから想像するのと,パネルがあるところから想像するのとでは,その間を詰める距離がぜんぜん違うんですよね.この距離,確かに大切にしていきたいと思います.

 

で,タイトルを回収したいんですけどね.

生まれてこの方,私,聖地巡礼に関して驚くほど魅力を感じたことがありません.この理由が全然わからなかったんですが,今日このPodcastのお陰で凄くしっくりきた理由が見つかって.

というのも,私,大体いつもどこでもキャラがいる空間を妄想する癖みたいなのがあって(痛いなこれ),上記したようなことをしにわざわざ聖地に行きたいと思わないんだと思います.

例えばの話なんですけど,ついでにせっかくなので私の大好きな担当アイドルのことを考えてみますとですね.通学中の駅ホームの人混みの中でふっと急に「ここに二宮飛鳥がいたらどんなことをしているんだろう」とか考え出すんですよ.きっかけなんてありません,急に降ってくるんだから仕方がありません.

きっと飛鳥は自分が好きな音楽をSHAREのイヤホンなんかで聞きながら,死んだ魚のような目でエスカレーターに並び出荷されていくサラリーマンを見てアンニュイな顔しているんだけど,それでも自分も改札に向かうためにその出荷されるレーンに並ばないといけなくて,ちょっとやれやれ感を出しているんだろうな,とか思いながら私はちょっと楽しくなっちゃうんですよ.完全に頭おかしい人なんでしょうけど.たのしいんですよこれ.

だから,上記したような言い回しを使うならば,私はキャラの体温を感じるというよりかは,普段見ている空間でキャラの体温を感じに行く癖がついていたみたいなんですよね.そうなるとこう,聖地で楽しくなれるようなことがわざわざ聖地に行かずともできるので,行かなくていいじゃんってなってしまって.それで聖地巡礼に魅力を感じていないんだろうなと.

まぁ,想像で事足りなくなったら聖地に行くしかなくなるんでしょうけど,でもそれって逆に言うと自分ができる想像が聖地に縛られるとも言えるわけで,自分から想像の縛りプレイをするために聖地に行くってのもやっぱり私はいまいち魅力的には感じないなぁ……とか思っています.

 

 

別に何が正解ってことはないでしょうし,聖地に行ってツイッターに写真アップロードして楽しむ人はいて当然だと思うんですけどね.ただ,そういう人も少し想像してみてほしいなぁ,とは思ってしまうそんな木曜の夜でした.

 

 

 

聖地巡礼 - 世界遺産からアニメの舞台まで (中公新書)

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THE IDOLM@STER CINDERELLA MASTER 043二宮飛鳥

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おまけ

あと全然関係ないんですけど,アイマス界隈の方々はある種この辺の想像力に満ち溢れいている人が多いと思っているので,多分こういう話を聞いて「わかる~」って言ってくれる人多少はいてくれるんじゃないかという期待があります.まぁそんなことないか.そんなことないか.